【M&A実務検定・資格対策シリーズ】新設「中小M&A資格試験」の全体像と4科目対策

目次

はじめに:M&Aの担い手に、国が資格をつくる

前回の記事では、M&A実務系の検定・資格を横断して、どの試験でも問われる頻出論点を整理しました。あの記事で描いた「資格の地図」は、しかし、来年から書き換わることになります。

中小企業庁が、中小M&Aの支援に携わる個人を対象とした新しい資格試験を創設するからです。名称は現時点で「中小M&A資格試験(仮称)」。2025年6月13日の閣議決定に「中小M&Aの担い手の質を担保する資格制度の創設」が明記されたことを起点として制度設計が進み、2026年3月に試験の概要と科目詳細が公表され、同年5月には運営事業者として株式会社銀行研修社が採択されました。

この試験には、既存のM&A関連資格と決定的に違う点がいくつもあります。国が運営主体となること。試験と合格者登録制度を一体で運用し、登録者の氏名をデータベースで公表し、倫理規程に違反すれば登録を取り消すこと。そして——医師国家試験に倣って、選んだ時点で不合格になりうる「禁忌肢」を導入しようとしていること。

本記事では、中小企業庁が公表した一次資料(第4回「中小M&A市場の改革に向けた検討会」の資料2・資料3、および実施機関の公募要領)に基づいて、この試験の全体像と4科目の中身を解説します。あわせて、公表されているサンプル問題を実際に解きながら、何がどのレベルで問われるのかを具体的に見ていきます。

なお、はじめにお断りしておきます。本制度はまだ立ち上げの途中にあり、確定していない事項が多く残っています。 資料3の冒頭にも「あくまで来年度以降の試験実施に向けた現状案であり、今後、試験実施に係る試験案内等で公表する際には変更が生じうる点に留意」と明記されています。本記事では、確定していることと検討段階にあることを、そのつど区別して記述します。

第1章:なぜ国が資格をつくるのか

まず押さえておきたいのは、この制度が「M&A人材のスキルアップを応援するため」につくられたのではない、ということです。公募要領の「事業目的」を読むと、動機がはっきり書かれています。

中小企業庁は、まず前提として、事業承継支援を各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターだけで担うことは現実的ではなく、民間のM&A支援機関による支援を強化する必要があると述べています。そのうえで、こう続きます。

そうした中、中小M&A市場の拡大に伴い、新規参入者が多くなるにつれ、不慣れな中小企業者に対して十分な説明がなされていない事案や、当事者との関係で利益相反が生じた状態で取引が進んでしまっている事案等、不適切な支援対応を実施している事案が見受けられた。また、各種報道等では、経営者保証が解除されない等の不適切な買い手が排除されていないという問題もクローズアップされたところである。

つまり、市場を広げる必要がある一方で、広げた結果として質の低い支援が混じり込んでしまった。この二律背反への回答が、本資格制度です。中小企業庁は続けて、「質の高い支援を実行できるM&A支援機関及び専門人材を増加させ、かつ、そのようなM&A支援機関及び専門人材が可視化される仕組みが重要である」とし、「中小M&A支援に必要な倫理観や知識等を証明するための資格として、本試験を実施する」と結んでいます。

「倫理観」が「知識等」より先に置かれていることに注目してください。この語順は偶然ではありません。後述するとおり、試験設計の隅々にまでこの思想が貫かれています。

制度の建て付けも確認しておきましょう。運営主体は中小企業庁であり、実施は民間の資格試験実施団体へ委託されます。しかもこの委託先は毎期、公募により選定されるとされています。国家資格でも純然たる民間資格でもない、その中間に位置する「公的検定」という位置づけです。

スケジュールは上図のとおりです。2025年に中小企業庁が中小M&A専門人材向けの「スキルマップ」を策定したことが出発点で、これが試験範囲の土台になっています。令和8・9年度に試験を実施し、令和10年度以降に合格者登録・管理制度の運用を開始する、という流れが示されています。初回試験の具体的な日程と受験料は、2026年8月時点でいずれも未公表です。

第2章:試験の全体像 — 60問・120分・CBT

試験の形式について、現時点で示されている想定は次のとおりです。

設問数は60問程度、試験時間は120分、実施方式はCBT(Computer Based Testing)。ただしここに一つ、ひねりがあります。CBT方式は本来、受験者が都合のよい日時にテストセンターで受験できるのが利点ですが、この試験では一斉実施が想定されています。理由は、初回試験においては試験問題に関する情報の価値が高く、任意のタイミングで受験可能とした場合に問題が出回って不正が行われるリスクがあるためです。したがって、少なくとも立ち上げ期は年3回程度の受験機会を設けたうえで、その都度一斉に実施する形になります。

合格基準は総得点の70〜80%程度。ここに加えて、科目別合格最低基準が50%程度設定される見込みです。特定の分野に偏った得点での合格を防ぐためで、資格WGの委員意見では「科目別最低基準は40%では低いと考えており、50%程度はあってもよいのではないか」との発言が記録されています。得意科目で稼いで苦手科目を捨てる、という戦略は取れません。

難易度の考え方も明示されています。基本方針は「M&A実務を行っている者であれば、習得しておくことが期待される基本的な水準(一般的な社会人が一定期間の学習を行えば合格できる水準)」。ただし、ここで注意すべきは難易度をどう確保するかという設計思想です。資料には「(設問ごとで見たときに過度に難しくならないように調整しつつ)広範な分野の主要要点を網羅するような試験範囲を設定することで、受験者に一定の学習負荷を課し、試験全体の難易度を確保する」とあります。

つまり、一問一問は難しくない。範囲が広い。 これは受験対策上きわめて実践的な情報です。深掘りより網羅を優先する、という学習方針がここから直接導かれます。

そして、士業の方にとって重要な論点が一つ。試験免除は、少なくとも立ち上げ期には設定されません。 弁護士・公認会計士・税理士であっても、財務・税務や法務の科目が免除されることはない。その理由として3点が挙げられています。①必要性——国家資格保有者であってもM&A関連のすべての知識に精通しているわけではない。②許容性——免除対象となり得る科目は全体の一部にすぎず、有資格者の負担は限定的。③技術性——免除規定を設けるには審査基準の設定やCBTの科目別受験方式の設計費用がかかる。①の指摘は率直なもので、実務家として耳が痛いところでもあります。

最後に、この資格の性格について最も重要な前提を確認しておきます。資料2には次のように明記されています。

なお、本資格試験の合格は、既存の業法に基づく独占業務の実施を可能とするものではないため、合格者が実務を行う上では、業法に基づく独占業務(特に弁護士、公認会計士、税理士等の士業のみができる業務)に抵触しないよう留意を要する。

この資格は独占業務を生みません。 合格したからといって、弁護士法72条や税理士法52条の壁が下がるわけではないのです。むしろ後述するように、その壁の位置を正確に知っていることこそが、この試験で問われます。

第3章:試験科目は「4科目」— 出題割合まで公表されている

ここで、一次資料と巷の解説記事が食い違っている点を指摘しておきます。

本制度を紹介する記事の多くが、試験科目を「5科目(M&A実務/財務・税務/バリュエーション・DD/法務/行動規範・倫理)」としています。しかし、中小企業庁の資料2は明確に「試験科目は4科目(M&A実務、財務・税務、法務、倫理・行動規範)とする」と述べています。 バリュエーションとデューデリジェンスは独立した科目ではなく、「M&A実務」および「財務・税務」の中項目として位置づけられています。受験準備をするうえで、科目の数と単位を取り違えるのは避けたいところです。

さらに踏み込むと、科目ごとの出題割合まで公表されています。これは受験対策上、非常に価値の高い情報です。

試験科目出題割合60問とした場合
M&A実務(中小M&A市場動向・中小企業政策を含む)35〜40%程度21〜24問程度
うち 中小M&A市場動向・中小企業政策(5%)(3問)
財務・税務20〜23%程度12〜14問
うち 税務(3〜5%)(2〜3問)
法務17〜18%程度10〜11問
倫理・行動規範25%程度15問程度

各科目の重要度を考慮した結果として、「M&A実務」と「倫理・行動規範」の割合が高く設定されました。この2科目だけで全体の約6割を占めます。「財務・税務」は税務も含まれることを加味して「法務」より高く設定されています。

科目間の切り分けにもルールがあります。一部の中項目は「M&A実務」と「法務」で重複しますが、M&A実務におけるオペレーションに関する内容は「M&A実務」で、当該オペレーションに必要な法律知識等の専門知識は「法務」で出題する、と整理されています。たとえば基本合意書であれば、締結までの進め方や当事者への説明はM&A実務、法的拘束力の有無や条項の効力は法務、という具合です。

出題範囲は資料3「試験科目詳細」に大項目・中項目・小項目の3層で示されており、しかも、「特に重要度が高く優先的に出題する項目」には●印が付されています。事実上の重点範囲リストが公開されているに等しく、これを見ずに対策を始める理由はありません。図3にその主なものを整理しました。

M&A実務では、仲介とFAの違い、重要事項説明、スキームの初期的検討(株式譲渡・事業譲渡・会社分割)、企業概要書(IM)の作成、不適切な譲り受け側に関する調査、最終契約におけるリスク対応・表明保証・譲り渡し側の経営者保証の扱い、クロージングの前提条件、PMIなどに●が付いています。中小企業政策の側では、M&A支援機関登録制度、事業承継・M&A支援補助金制度、各種ガイドライン、事業承継・引継ぎ支援センターが重点項目です。

財務・税務は、意外なほど基礎に寄っています。簿記の基礎知識、損益計算書・貸借対照表・キャッシュ・フロー計算書、税務基準といった項目に●が付き、税務では法人税、役員退職金に関する税務知識、株式譲渡の税務が重点です。企業結合会計・のれん・PPA・連結・LBOローンなども範囲に含まれますが、●は付いていません。税務の出題は60問中2〜3問と見込まれており、組織再編税制の細部に深入りするより、財務三表を確実に読めることのほうが配点上は重いという構造です。

法務で目を引くのは、法務基礎の●に弁護士法が入っていることです。会社法・民法・労働法と並んで弁護士法が重点項目に指定されている試験は、そう多くありません。これが何を意味するかは、次章以降で明らかになります。

第4章:「禁忌肢」— この試験が最も伝えたいこと

本制度で最も特徴的なのが、倫理・行動規範の科目に導入される「禁忌肢」です。

禁忌肢とは、医師国家試験で用いられている仕組みで、患者の生命に危険を及ぼすような選択肢を選んだ場合、総得点にかかわらず不合格となるというものです。検討会では「全ての問題が等しく重要というわけではなく、ある程度重み付けをした問題を設けることもあり得るのではないか」「倫理に関する設問に限って最低合格基準を設ける、医師国家試験のように禁忌肢を設ける、などの工夫を施すことも検討いただくことが望ましいのではないか」という意見が出され、資格WGはこれを採用する方向で結論づけました。

資料2は、その趣旨を「倫理・行動規範に著しく反するような支援者を排除する目的」と説明しています。試験は通常、能力を測る道具です。しかしこの禁忌肢は、測るためではなく排除するために置かれている。ここに制度の本音が表れています。

そして中小企業庁は、禁忌肢のサンプル問題まで公表しています。これが実によくできているので、実際に見てみましょう。

設問は、後継者不在のA社を支援する仲介業者の立場で、譲り受け側B社の適格性についてどう対応するかを問うものです。4つの選択肢のうち、①が正答、②が禁忌肢、③と④は単なる誤答とされています。

注目すべきは、③と④も明確に誤りであるという点です。③は譲り受け側の適格性を提供資料だけで判断して追加調査をしないという対応、④は説明を手数料の話に絞ってリスク事項の詳細説明をしないという対応。いずれも中小M&Aガイドラインに照らせば不適切です。にもかかわらず、禁忌肢に指定されたのは②だけでした。

②は何が違うのか。「譲り受け側の社長と反社会組織との交友関係を確認していたが、成約や手続進行を優先するため、依頼者には説明せずに取引を進める」——知りながら、成約のために黙る。これは知識の欠如ではなく、判断の問題です。中小M&Aガイドライン第2章Ⅱ.5「仲介者における利益相反のリスクと現実的な対応策」に明らかに抵触する内容として、禁忌肢に設定されています。

つまりこの試験は、「知識として不十分な誤り」と「支援者として市場から排除されるべき誤り」を、明示的に区別しているのです。前者は勉強すれば直る。後者は直らない。だから前者は減点で足りるが、後者は一発で落とす。禁忌肢の設計思想は、そういうことです。

運用の想定も示されています。禁忌肢を設定した設問を複数設け、その一定数の誤答をもって不合格とする設計。ただし、作問技術やCBT方式の技術的制約により禁忌肢の設定が難しい場合には、倫理・行動規範の科目別合格最低基準を引き上げる、あるいは禁忌肢を設定する予定だった設問の配点を高くする、といった代替手段を講じるとされています。

第5章:組織と個人の「二層構造」— 実務へのインパクト

さて、ここまでは試験の話でした。しかし実務家にとって本当に重要なのは、この資格が実務にどう食い込んでくるかです。

これまで中小M&A市場を規律してきたのは、2021年8月に創設されたM&A支援機関登録制度でした。中小M&Aガイドラインの遵守を宣言した支援機関を登録・公表し、事業承継・M&A支援補助金の対象を登録機関に支払う手数料に限るという仕組みで、2025年4月時点で約2,952者が登録されています。しかしこの制度が規律するのは、あくまで組織です。

新しい資格制度は、そこに個人の層を重ねます。案件を担当する一人ひとりが、試験に合格し、倫理規程の遵守を誓約し、定期的な講習を受け、名簿に氏名を公表される。組織と個人の二層で市場を締める——これが制度の全体設計です。

そして、この二層をつなぐ設計が検討されています。資料2は、中小M&Aガイドラインにおいて次の2点を求めることを検討していると明記しています。

  1. M&A支援機関登録制度の登録機関に対して、自社の担当者への当該資格取得の推奨
  2. 重要事項説明を当該資格保持者が行うことを求める

2点目が実現すれば、影響は小さくありません。資格WGの委員からも「資格取得のインセンティブとしても、重要事項説明を資格保有者が行うことを奨励もしくは必須とする旨を、中小M&Aガイドライン上に明記すべきではないか」との意見が出ています。

この構造には既視感があります。宅地建物取引業者(組織)と宅地建物取引士(個人)の関係です。不動産取引において重要事項説明を宅建士が行うのと同様に、M&Aの重要事項説明を有資格者が担う形になる。そうなれば、この資格は「持っていると有利」なものではなく、業務を回すために社内に一定数必要なものへと性格を変えます。ただし、繰り返しになりますが本資格は業法に基づく独占業務を生じさせるものではないため、あくまでガイドライン上の要請にとどまる点は宅建士と異なります。

合格者登録・管理制度そのものも、既存の民間資格とは発想が違います。登録の要件は、①倫理規程の遵守、②倫理規程に違反した場合の処分(氏名公表等)に同意すること、③登録時および1〜2年ごと等の定期講習の受講。そして違反があれば、不正事案の調査・判断を経て登録停止・取消、氏名公表も想定されています(不服申立ての手続も併せて整備される見込みです)。

「取ったら終わり」にしない。 ここが要点です。合格は入口にすぎず、その後の規律の維持までが制度に組み込まれている。中小企業診断士制度や宅建士制度が参考にされているのも、この点においてです。

第6章:今から何を準備するか — サンプル問題で水準を測る

初回試験の日程も受験料も未公表である以上、いま申込みの準備をすることはできません。しかし、水準を知っておくことはできます。中小企業庁は倫理以外の科目についてもサンプル問題を公表しているので、代表的なものを見ておきましょう。

財務・税務【バリュエーションに関する財務知識】

営業利益100百万円、減価償却費10百万円、売上債権の増加額15百万円、棚卸資産の増加額8百万円、仕入債務の減少額2百万円、設備投資額20百万円、実効税率40%。フリー・キャッシュ・フローはいくらか。

正答は25百万円です。営業利益100に(1−0.4)を乗じてNOPAT 60。減価償却費10を足し戻して70。運転資本の増加25(売上債権15+棚卸資産8+仕入債務の減少2)を差し引いて45。設備投資20を引いて25。仕入債務の「減少」が資金の流出であることに気づけるかが分かれ目です。財務三表を読めるレベルは確実に要求されるということが、この一問からわかります。

法務【アドバイザリー契約の免責事項】

正答は「免責条項があっても、アドバイザーが当然に負うべき正確かつ適切な情報提供(必要な検証を含む)義務が直ちに消えるわけではない。義務の範囲は条項の文言や事案の性質、当事者の関与状況等に応じて判断される」という選択肢です。「免責条項があれば免責される」「相手が専門家でなければ常に無効」といった極端な断定はいずれも誤りという、法律問題の典型的な構造になっています。

倫理・行動規範【法令遵守行為(独占業務違反)】

これが最も示唆に富む一問です。弁護士・税理士・弁理士等の資格を持たないM&A支援機関の担当者が行う行為について、適法に行えないものをすべて選ばせる設問で、正答は「すべて」でした。会社法上無効な譲渡について代わりに交渉する(非弁行為)、株主の税額をアドバイザリー契約外の税務相談として無償で試算する(税理士法違反)、報酬を受領してその一部を弁理士に支払い代理で商標申請してもらう(弁理士法違反)、従業員の懲戒処分が可能との見解を伝える(非弁行為)。

「無償なら大丈夫」「専門家に再委託すれば大丈夫」という、実務で最も起こりがちな言い訳を、すべて違法側に置いているわけです。法務基礎の重点項目に弁護士法が入っていた理由が、ここで腑に落ちます。

以上を踏まえて、現時点で着手できる準備を整理すると次のようになります。

  • 中小M&Aガイドライン(第3版)を通読する。 倫理・行動規範の出題範囲は、実質的にガイドラインの内容そのものです。特に利益相反、不適切な譲り受け側の排除、専任条項・直接交渉の制限・テール条項の留意点は繰り返し確認する。
  • 中小企業庁の「スキルマップ」に目を通す。 試験範囲の土台として資料2が明示的に参照している資料です。
  • 資料3「試験科目詳細」の●印を潰す。 事実上の重点範囲リストが公開されています。
  • 財務三表を読む力を確認する。 税務の細部より、PL・BS・CFとFCF計算のほうが配点上は重い。
  • 独占業務の線引きを整理する。 非弁行為・税理士法違反は、倫理科目でも法務科目でも問われます。
  • 中小企業政策を押さえる。 M&A支援機関登録制度、事業承継・M&A支援補助金、各種ガイドライン、事業承継・引継ぎ支援センターは、必ず出題されることが想定されています。
  • 中小企業庁と運営事業者の公表情報を定期的に確認する。 正式名称、日程、受験料、公式教材の有無はいずれもこれから公表されます。

おわりに:試験の設計は、市場に対するメッセージである

この試験の輪郭をたどっていくと、繰り返し同じ主張に突き当たります。知識よりも、まず倫理である、という主張です。

出題割合で倫理・行動規範に25%を割き、M&A実務と合わせて全体の6割を占めさせたこと。科目別に50%程度の足切りを設けて、倫理を捨てて他科目で稼ぐ道を塞いだこと。そして、選んだ時点で不合格となりうる禁忌肢を、この科目にだけ置いたこと。合格後も定期講習を課し、違反すれば氏名を公表して登録を取り消すこと。いずれも、同じ一つの方向を向いています。

なぜそこまでするのか。答えは制度創設の趣旨に戻ります。中小M&A市場が拡大し、新規参入者が増えた結果として、十分な説明を受けられない売り手や、利益相反のまま進む取引や、経営者保証が解除されないまま放置される案件が生じてしまった。市場を広げたことの副作用に、市場自身が向き合わなければならない局面にきているということです。

M&Aの支援という仕事は、依頼者にとって一生に一度の意思決定を預かる仕事です。売り手にとっては、自分が育てた会社と、そこで働く人たちの行き先を決める判断になる。その場面で、支援者が知りながら黙ることの重さは、他の業種における不注意とは質が違います。禁忌肢という強い仕組みが選ばれたのは、その重さに制度の設計が正面から応えようとした結果でしょう。

もっとも、制度はまだ立ち上がったばかりです。正式名称も、初回試験の日程も、受験料も決まっていません。難易度が実際にどうなるかも、合格者登録制度がどこまで実効性を持つかも、走らせてみなければわかりません。それでも、支援機関を組織として登録するだけでは足りず、案件を担当する一人ひとりの規律にまで踏み込むという方針が示されたことの意味は小さくないと考えます。

M&Aに関わる方であれば、受験するかどうかにかかわらず、この試験が何を問おうとしているかを一度確認しておく価値があります。そこに書かれているのは、これからの中小M&A市場が支援者に求める最低ラインだからです。

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