【M&A実務検定・資格対策シリーズ】士業・金融機関担当者のためのM&A資格の選び方

目次

はじめに:「どれを取ればいいか」に答えが出ない理由

本シリーズでは、これまでM&A実務系検定の頻出論点と、中小企業庁が新設する中小M&A資格試験を扱ってきました。いずれも「何が出るか」の話です。

一方で、そもそもの手前でつまずいている方も多いのではないでしょうか。「M&A関連の資格を取ったほうがいい気はするが、どれを取ればいいのか分からない」。この疑問に、比較サイトを何時間眺めても答えが出ないのには理由があります。

多くの比較記事は、資格を難易度で並べます。しかしM&A関連の民間資格において、難易度はほとんど選択の役に立ちません。というのも、最も高額な2つの資格——事業承継士とJMAA認定M&Aアドバイザー——は、出題範囲も合格率も公表していないからです。難易度を比べようがない。そのうえ両者とも、試験に受かることより、その先の協会に所属し続けることに本質があります。

つまり、これらの資格は「試験の難しさ」で人を選んでいるのではなく、入口の狭さと継続コストで選んでいるのです。この構造を理解しないまま難易度表を眺めても、選べるはずがありません。

本記事は、「誰がどれを取るべきか」に答えることを目的とします。費用と所要時間を実額で並べ、受験資格の壁を確認し、職業別に推奨ルートを示します。前回扱った中小M&A資格試験が、この選択をどう変えるのかも最後に整理します。

なお、頻出論点そのものはシリーズ第1弾で扱っているため、本記事では試験の中身には立ち入りません。

第1章:資格は「何が得られるか」で4つに分かれる

まず、選択の軸を入れ替えます。難易度ではなく、得られるものの種類で分類すると、驚くほど見通しがよくなります。

A. 知識の証明型は、事業承継・M&Aエキスパート(7,700円)と事業承継アドバイザー・BSA(7,400円)です。いずれも受験資格がなく、独学で受けられて1万円を切ります。得られるのは、体系的な知識を持っていることの対外的な証明——名刺や提案書に書ける肩書きです。逆に、実務ネットワークや案件情報は一切付いてきません。

B. 知識の深化型は、M&Aシニアエキスパート(143,000円)とM&Aスペシャリスト(88,000円)。いずれも講座がセットになっており、知識を実務レベルまで引き上げることが目的です。M&Aスペシャリストは論述問題を課す数少ない資格で、知識を持っているだけでなく、それを構成して説明できるかまで問われます。

C. 実務ネットワーク型は、JMAA認定M&Aアドバイザー(初年度363,000円)と事業承継士(初年度361,900円)。ここが理解の分かれ目です。この2つの本体は、資格ではなく協会への所属です。 案件情報の共有、実務者コミュニティ、独立開業の支援がセットになっている。だからこそ入会審査があり、年会費が続きます。「試験対策」という発想が馴染まないのは当然で、そもそも試験を選抜装置として使っていないのです。

D. 規律型は、新設の中小M&A資格試験。Aの性格を持ちながら、合格者登録制度によって継続的な規律が課されます。合格後も定期講習を受け、氏名がデータベースで公表され、倫理規程に違反すれば登録を取り消される。「取ったら終わり」にしない設計です。

この4分類を頭に入れたうえで、具体的な数字を見ていきます。

第2章:費用は7,400円から363,000円まで、50倍近く開く

同じ「M&Aの資格」という言葉で括られていますが、負担する金額はまったく違います。

初年度にかかる費用を、講座・研修費/試験・受験料/入会金・年会費に分けて並べました。最安の7,400円から最高の363,000円まで、およそ50倍の開きがあります。

構造を見ると、金額の大半は試験料ではなく講座料と会費であることが分かります。事業承継士は総額361,900円のうち330,000円が受講料、試験料は9,900円にすぎません。JMAAは講座が198,000円で、そこに入会金33,000円と月額11,000円×12ヶ月=132,000円が乗って363,000円になります。

そして重要なのは、この図が「初年度」の数字にすぎないという点です。JMAAは翌年以降も年132,000円が発生し続けます。事業承継士も年会費11,000円(3年ごとに更新料5,500円)が継続します。3年間で見れば、JMAAは約63万円、事業承継士は約39万円に達する計算です。

一方、事業承継・M&AエキスパートとBSAは一度きりの受験料だけ。M&Aシニアエキスパートも143,000円で完結し、継続費用はありません。

初年度の金額だけで比較すると判断を誤ります。 どこまでの期間、何を得るために払うのかをセットで考える必要があります。

なお、M&Aシニアエキスパートには会員特別価格(92,400〜105,600円)の設定があり、所属機関によっては大幅に安くなります。勤務先が金財の会員かどうかは、申し込む前に確認する価値があります。

第3章:受験資格の壁 — 選択肢は、まずここで半分に減る

費用の次に確認すべきは、そもそも受けられるかどうかです。ここで検討対象は大きく絞られます。

誰でも受けられるのは、事業承継・M&Aエキスパート、事業承継アドバイザー(BSA)、M&Aスペシャリスト、そして中小M&A資格試験です。ただしM&Aスペシャリストは、試験に合格したあと入会申請を行い、資格審査委員会の審査を経て承認された者が入会と同時に資格を得る仕組みになっており、合格=取得ではありません。

条件があるのがJMAA認定M&AアドバイザーとM&Aシニアエキスパートです。JMAAは講座を受講すれば修了試験を受けられますが、資格取得には正会員としての入会(理事会審査)が前提となります。M&Aシニアエキスパートは受講資格が明確で、①事業承継・M&Aエキスパート認定者、②弁護士・税理士・公認会計士・司法書士、③銀行・信用金庫等で法人営業5年以上(現在在籍中)、④会計事務所等で5年以上、⑤1級FP技能士、⑥M&A支援機関協会 会員役職員——このいずれかに該当する必要があります。

明確に閉じているのが事業承継士です。中小企業診断士、税理士、公認会計士、弁護士、司法書士、社会保険労務士、行政書士、土地家屋調査士、一級建築士、不動産鑑定士、宅地建物取引士、FP技能士等の国家資格保有者に限定されています。加えて5日間・約30時間の講座を受講し、出席率75%以上でなければ認定試験の受験資格すら得られません。

ここまで見れば分かるとおり、高額な2資格が人を選んでいるのは、試験の難易度ではなく入口の条件と継続コストです。 学科試験の難しさを比較しても、選択の役には立ちません。

そして最後にもう一つ。事業承継士とJMAA認定M&Aアドバイザーは、出題範囲も合格率も非公開です。 講座を受けることが実質的な対策のすべてであり、独学で準備を積み上げるという発想が成立しません。これは欠点ではなく設計思想の違いですが、「試験勉強をして受かりたい」タイプの方には向かない、という現実的な意味を持ちます。

第4章:職業別の推奨ルート

以上を踏まえて、立場ごとの推奨ルートを示します。出発点が違えば、経由すべき資格も変わります。

税理士・公認会計士

推奨:M&Aシニアエキスパートに直行

士業であることでシニアエキスパートの受講資格を直接満たすため、下位の事業承継・M&Aエキスパートを経由する必要がありません。財務・税務の基礎はすでにあるので、学ぶべきはM&A固有の実務——案件化と企業概要書の作成、マッチング、法務実務、PMI、そしてトラブル防止——に絞られます。カリキュラムがまさにその構成になっているため、費用対効果は高いといえます。

事業承継士も受験資格を満たしますが、初年度36万円を投じる意味があるかは「協会のネットワークが要るか」で判断すべきです。顧問先の事業承継を自分の事務所で完結させたいなら価値がありますが、知識の習得だけが目的なら過剰投資になります。

中小企業診断士・社会保険労務士・行政書士

推奨:事業承継・M&Aエキスパート(7,700円)で全体像を確認 → 必要なら事業承継士

いきなり36万円を投じる前に、まず7,700円で全体像を掴むことをお勧めします。事業承継・M&Aエキスパートは、事業承継関連税制・法制、M&A基礎知識・関連会計、M&A関連法制を扱っており、自分に足りていない領域がどこかを把握するには十分です。

そのうえで事業承継士に進むかを判断します。この資格は、士業として受験資格を満たせる数少ないルートであり、相続対策や後継者育成まで含む30時間のカリキュラムには独自の価値があります。ただし繰り返しになりますが、判断軸は知識ではなくネットワークです。

金融機関の法人担当者

推奨:事業承継・M&AエキスパートまたはBSA → 法人営業5年以上ならM&Aシニアエキスパート

銀行・信用金庫等で法人営業5年以上の経験があれば、下位資格なしでシニアエキスパートの受講資格を満たします。 これは見落とされやすいポイントです。5年未満であれば、まず事業承継・M&AエキスパートかBSAを取得し、そこから進む形になります。

BSA(事業承継アドバイザー)は金融検定協会が実施する資格で、7,400円、5択50問・150分、合格率は平均50%前後。金融機関職員が中小企業経営者に事業承継のアドバイスをできるようになることを目的としており、対象読者がはっきりしています。事業承継・M&Aエキスパートとは実施団体が異なる別資格ですので、混同しないよう注意してください。

なお、中小M&A資格試験の受験者像には「金融機関に所属し仲介・FA業務に関わる者」が明記されています。

M&A専業(仲介・FA)の担当者

推奨:中小M&A資格試験を最優先

この立場の方にとって、優先順位ははっきりしています。中小M&A資格試験は、M&A支援機関登録制度における「M&A支援専従者」を第一の想定受験者としており、さらに中小企業庁は重要事項説明を資格保持者が行うことを求める方向でガイドライン改定を検討しています。実現すれば、他の資格では代替できません。

そのうえで、実務ネットワークが必要かどうかでJMAAを検討する、という順序になります。JMAAの想定対象には「M&Aアドバイザーとして独立開業を目指す方」が明記されており、独立を視野に入れるなら投資として筋が通ります。

事業会社の経営企画

推奨:事業承継・M&Aエキスパート → M&Aスペシャリスト

買い手側として社内で議論をリードする立場です。ここで効いてくるのが、M&Aスペシャリストの論述問題です。M&Aの検討において経営企画に求められるのは、正解を選ぶことではなく、取締役会や稟議の場で「なぜこのスキームなのか」「なぜこの価格なのか」を構成して説明することです。論述試験の準備は、その能力に直結します。

中小M&A資格試験も「事業会社において中小M&Aに携わる者」に受験を広く推奨しています。

第5章:選ぶときの5つの問い

ここまでの内容を、実際に判断するための問いの形に落とし込みます。

Q1:受験資格を満たしているか。 難易度を比べる前に、まず入口を確認します。ここで選択肢の半分が消えます。

Q2:欲しいのは知識か、ネットワークか。 30万円台の2資格の本体は、資格ではなく協会への所属です。案件情報や実務者コミュニティが要らないのであれば、7,700円の資格で足りることも少なくありません。

Q3:継続コストを許容できるか。 JMAAは年132,000円が続きます。中小M&A資格試験も、定期講習の受講が登録の継続要件になります。初年度の金額だけで判断してはいけません。

Q4:仲介・FA業務に関わるか。 関わるなら中小M&A資格試験が最優先です。「持っていると有利」ではなく「業務を回すのに必要」なものになりうる、という点で他と性格が異なります。

Q5:そもそも「対策」できる資格か。 事業承継士とJMAAは出題範囲も合格率も非公開で、講座を受けることが実質的な対策のすべてです。一方、中小M&A資格試験は科目別の出題割合から重点項目のリストまで公開されています。独学で積み上げたい人と、講座に通って人脈ごと得たい人とでは、そもそも向く資格が違うのです。

第6章:中小M&A資格試験が、この地図をどう変えるか

最後に、新設される中小M&A資格試験がこの選択にどう影響するかを整理しておきます。詳細はシリーズ前回の記事で扱いましたので、ここでは位置づけに絞ります。

第一に、既存資格を置き換えるものではありません。 中小企業庁の資料でも、M&Aシニアエキスパートをはじめとする既存資格は引き続き存在するとされています。試験範囲も重なる部分はありますが、目的が違います。既存資格が「知識やネットワークを得る」ためのものであるのに対し、この資格は「支援者としての質を担保し、可視化する」ためのものです。

第二に、士業でも科目免除はありません。 これは士業の方にとって実務的に重要です。弁護士・公認会計士・税理士であっても、財務・税務や法務の科目が免除されることは、少なくとも立ち上げ期にはありません。中小企業庁は「国家資格を有する者であってもM&A関連のすべての知識に精通しているわけではない」と、率直な理由を示しています。他の資格を持っているから省略できる、という話にはならないのです。

第三に、仲介・FA業務に関わる人にとっては、選択の問題ではなくなる可能性があります。 重要事項説明を資格保持者に求める方向で検討が進んでおり、実現すれば宅建業者と宅地建物取引士の関係に近い構造になります。そうなれば、これは「取るかどうか」ではなく「いつ取るか」の話になります。

したがって、現時点での実務的な結論はこうなります。仲介・FA業務に関わる方は、中小M&A資格試験の続報を追いながら、それまでの期間で他の資格を検討する。 関わらない方は、Q1からQ5の問いに沿って、自分の目的に合うものを一つ選ぶ。それで十分です。

なお、費用・試験制度はいずれも改定されることがあります。本記事の内容は執筆時点で各団体が公表している情報に基づくものですので、受験の際は必ず公式サイトで最新情報をご確認ください。

おわりに:資格は目的ではなく、順序の問題である

M&A関連の資格について相談を受けるとき、私はいつも同じことを申し上げます。「その資格を取ったら、明日から何をしますか」と。

この問いに答えられるなら、選ぶべき資格はほぼ決まります。顧問先に事業承継の提案をしたいのであれば、必要なのは体系的な知識であって、協会の会員証ではありません。独立してM&Aアドバイザーとして食べていきたいのであれば、必要なのは知識よりも案件が回ってくる場所です。社内でM&Aの意思決定を支えたいのであれば、必要なのは説明する力です。目的が違えば、答えは違って当然です。

逆に、この問いに答えられないまま高額な講座に申し込むと、多くの場合その資格は使われないまま年会費だけが引き落とされていきます。30万円を払って得られるものが「所属」である以上、所属して何をするかが決まっていなければ、それは支出であって投資ではありません。

もっとも、資格そのものを軽んじるつもりはありません。M&Aは、会計・税務・法務・交渉・組織のすべてが絡む領域です。どこから手をつければいいか分からないときに、体系立てられたカリキュラムが存在することの価値は小さくない。7,700円の試験を一つ受けるだけでも、自分の知識の穴がどこにあるかは驚くほど明確になります。

そのうえで、順序を間違えないことです。まず安価な資格で全体像と自分の穴を確認する。目的がはっきりしてから、高額な投資を検討する。 この順序を守れば、少なくとも無駄にはなりません。そして仲介・FA業務に関わるのであれば、来年以降、中小M&A資格試験がその順序の先頭に来ることになります。

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